石巻市の様子

2011年10月01日
震災発生から半年が経過し、石巻市ではいよいよ復興への
取り組みが活発化して参りました。
祐ホームクリニックでも、皆様のご支援に支えられ9月に医療拠点がスタートしました。
10月からは復興支援室が復興に向けたをブログでご報告して参ります。

◇石巻市内の様子
 9月15日に農作物の放射性物質の残留検査がありましたが、
 無事収穫許可が出ました。
 9月21日の台風では稲が水に浸かってしまう試練もございましたが、
 9月下旬~10月にかけて稲刈りも終わり出荷ができるようになりました。

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収穫が終わり、わらが干されている石巻の田んぼ。

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一時期に比べ、中古車の価格も落ち着いてまいりました。
ただ、石巻市内でも蛇田地区は、土地も中古車の価格も値上がり続けています。
住民アンケートによると、多くの人が、仮設住宅から出る際にも、元に住んでいた
地域の近辺がいいと答え、地域への愛着が伺えます。

祐ホームクリニック

水産加工施設の復興

2011年10月04日
石巻の水産加工施設は急ピッチで復旧が進んでいます。
製氷工場、冷蔵倉庫、市場など 水揚げのために必要な施設の復旧を地元の企業が
執念で取り組んでいます。
石巻の市場も地盤沈下で常時冠水していた部分を70cmくらい嵩上げし、
再開に向け準備が整って参りました。

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地盤沈下した分を嵩上げした市場。

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冷蔵施設の再建が、石巻水産加工業再開の第一歩となる。

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仮設の市場で、取引が再開される。

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石巻に水揚げする漁船。

祐ホームクリニック

在宅避難世帯の様子

2011年10月05日
10月11日で市内の避難所が閉鎖され、いよいよ仮設入居への最終段階となりました。
そんな中、仮設住宅にも入れず、被災した自宅で生活を開始しだした在宅避難世帯の
存在をNPOネットワークとの会話で知ることになりました。

在宅避難世帯は、石巻市内では約3000戸、1万人にのぼります。
行政やボランティアの支援が届きにくく、孤立化が深刻な課題となっています。

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一見、外観からは普通の家に見えますが・・・・。

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中に入ってみると床上浸水の傷跡が今も残ります。
多くの在宅避難世帯では、床あげ・泥かきをした後の応急修理で悩んでいます。
多くの家庭が1階に家電製品を設置していたため、殆どの生活家電やガス器具が
使えない状態となっています。
冬を迎える前の暖房器具、冬用布団などの装備は深刻な悩みです。

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1階が浸水した家庭では、エアコンの室外機が取り外されたままになっています。

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石巻市では、在宅避難世帯を中心に応急修理が活発化。
地元の大工さんや材木屋は超多忙となります。

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応急修理の対応をしたくとも、業者が捕まらなく、いつ工事が進むのかもわからない状況です。
また、地域のコミュニティも崩壊し、町内会や回覧板などの運用がストップし、
情報過疎の状況が発生しています。
在宅避難世帯は、仮設住宅以上に孤立化する危険をはらんでいます。

祐ホームクリニック

地盤沈下の様子

2011年10月07日
石巻市の旧北上川河口付近では、地盤が70cm程度沈下し、大潮や大雨の際には冠水します。
これは、台風が過ぎた際に河口付近で冠水している様子です。

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住民の方は、大雨が降ると避難勧告が出て、避難所に退避します。

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時には、橋が通行止めになり、渡波地区や女川町方面には
移動できなくなります。

このエリアの在宅避難世帯は、常に冠水の不安を抱いています。
再び、住民が生活するためには、堤防による治水工事や土を盛って冠水を防ぐなどの
恒久対処が必要です。

祐ホームクリニック

道路の様子

2011年10月11日
震災から今日で7ケ月経過しました。
市内には約616.3万トンのガレキの山がうずたかく積まれ、このままでは
100年は処理にかかると言われています。
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市内では、ガレキ運搬のダンプカーをよく見かけます。

場所によっては、道路は埃っぽいです。
石巻の道路は所どころ(陥没のせいか?)、凹凸があり走りにくいです。
次の写真は石巻でよく見かける道路の状態の一例です。
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津波で、表面が剥がれたのか砂利になっていて、マンホールの周りが
沈下して縁石などが浮いている状態です。

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大潮の時には冠水する道路や地盤沈下により雨水が溜まる同度では写真のように
縁石の高さまで盛ってあります。

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鉄骨で水が入ってこないようにガードしている道路もございます。

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常時冠水道路では、急ピッチで20cmくらい高くしており、
車線を封鎖して工事をしています。
こういう事情もあり、渡波地区、湊地区、女川町では慢性的な渋滞が続いています。

祐ホームクリニック

避難所閉鎖

2011年10月12日
10月11日に石巻市では全ての避難所が閉鎖されました。
一時は259ケ所、約5万人が避難所で生活を送ってみえました。
避難者の大半は、修理した自宅や仮設住宅に転居しました。
まだ、42世帯64名は転居ができず、臨時の住まいとして石巻市が
用意した待機所(公民館)に移っています。

石巻市で代表的な避難所であった湊小学校を訪れてみました。
湊小学校では最大380名近くの避難者が避難するとともに、
近隣世帯700名~1000名の食糧支援拠点として住民を支えていました。

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大勢のボランティアや避難者で活気のあった湊小学校も今はガランとしています。
この避難所にも、多くの支援が全国から寄せられました。

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5月のころには、台座から落ちていた左手のない二宮金次郎像も・・・

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今では、台座に納まり、子ども達が帰ってくるのを待っています。
この7ケ月間、金次郎はどんな出会いや別れを眼にしてきたのでしょうか。

避難所から転居しても仮設住宅に入れない方の中には、やむを得ず、「在宅避難」されている
方も見えます。推定では、石巻市内で3000~4000世帯、約1万人~1.5万人の方がいると
みています。行政でも実態は掴めていません。

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渡波地区、湊地区、大街道地区では特に在宅避難世帯が多く、
1階が被災し修理をまたずして、2階などに住んでいる方が多く存在します。

多くの家では、1階に家電製品、生活機能があり、1階が浸水で
ぐちゃぐちゃの家での生活は大変困窮を極めます。
特に、津波で浮いた冷蔵庫などが、壁や柱や天井に穴をあけ、
外見からは普通の家に見えても内部は応急修理なしでは生活できません。

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1階が被災して、2階に洗濯物が干してあるのがわかりますでしょうか。

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1階のドアやガラスの工事手配も混雑しており、ブルーシートや板で
ふさいで生活している家もよく見かけます。

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このお宅もまだ新しそうな家ですが、1階は板でふさいであります。
石巻市では12月を超えると気温が5度を下回る日が続きます。
冬用布団、暖房器具を失った在宅避難世帯では、寒さ対策は深刻な問題です。

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石巻市では、「応急修理制度」というものがあり、災害救助法の規定により、
自らの資力で被災した住宅の修理を行うことが出来ない被災者を対象に、
申請に基づき市が住宅の応急修理を行います。
対象者は、大規模半壊、半壊又は半焼の被害を受けた家屋です。
全壊の場合でも、応急修理をすることにより、居住が可能となる場合は対象となります。
ただし、応急仮設住宅(民間賃貸住宅を含む)を利用しないことが条件です。
そのため、仮設住宅に入居せず、在宅避難している方も大勢みえます。
支給は上限52万円が限度額となります。
建設業者に見積もり依頼し、見積もり書を行政に提出し、工事完了後、
修理完了報告書を行政に提出すると行政から業者に支給される形態です。
そのため、在宅避難者に対して多忙な業者からは、先に現金を振り込む
ようにと要求もあるそうです。
一般的に応急修理の費用は、100万円から1000万円近くかかりますので
在宅避難者の負担は相当なものです。

また、「被災者生活再建制度」というのもあります。
対象は、住宅が全壊した世帯。住宅が半壊、又は住宅の敷地に被害が生じ、
その住宅をやむを得ず解体した世帯。住宅が半壊し、大規模な補修を
行わなければ居住することが困難な世帯(大規模半壊世帯)が対象です。
(1) 基礎支援金(住宅の被害程度に応じて支給する支援金)
 ・被 害 程 度    全壊    解体   大規模半壊
 ・複数世帯支給額   100万円  100万円    50万円
 ・単数世帯支給額   75万円   75万円    37.5万円

(2) 加算支援金(住宅の再建方法に応じて支給する支援金)
 ・住宅の再建方法  建設・購入   補修    賃借(公営住宅以外)
 ・複数世帯支給額   200万円   100万円  50万円
 ・単数世帯支給額   150万円   75万円    37.5万円
が支給額となります。
市役所担当者によると申請しても受け取るまでに2~3ケ月近くかかるとのことです。

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市内には、応急修理の看板を見かけます。
業者は、現在大混雑で、市の助成金待ちの所は後回しで、現金先振込の
世帯から優先するという実態も見られます。

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県内には、応急修理支援業者の絶対数が不足しているので、冬を前に県外の
職人リソースを投入するということも考えないと在宅避難世帯は困窮を極めます。
何とかしなければ。

祐ホームクリニック

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女川町の仮設住宅

2011年10月13日
石巻医療圏に含まれる女川町は、石巻駅から車で30分くらいの所に位置します。
女川町で、待望の二階建て仮設住宅の入居が始まったということでさっそく見てきました。

女川町は、山が海の近くまで迫る典型的なリアス式海岸であり、平地が限られています。
そのため、仮設住宅29団地の大半は山間部の隙間を縫って建設されています。
石巻市内にも土地を借りて、石巻市内にも仮設団地があります。

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今回、野球場内に貨物用コンテナを組み合わせて2、3階建て仮設の建設が行われました。

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バックスクリーンの真ん前に立つ2階建て仮設住宅。

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さらには、現在、三階建て仮設住宅も急ピッチで建設中です。

女川町には、仮設住宅の完成を待ちわびている避難所生活の方が未だに
300名ほどみえます。

女川町は、石巻市とまた違った課題がありますので、今後は女川町の復興の
様子もご紹介していきます。
今まで、石巻市の話題が中心でしたが、8月から女川町には頻繁に支援に
出向いており、女川町の様子も併せてご紹介していこうと思います。

祐ホームクリニック

娯楽施設の復旧の様子

2011年10月17日
10月17日 湊地区にあるボーリング場、スケートリンクがリニューアルオープンします。
津波の浸水がひどかったこの地区での再開までの道程はさぞ大変だったかと思います。
 
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パチンコ、スロットのお店が続々と再建中です。

心配なのは、年金支給日翌日には、高齢者がパチンコ屋の前で大勢並んでいるので、
貴重な生活費を熱くなって全て使ってしまわないようにと願うばかりです。
仮設住宅では娯楽が無いからと聞きますが、地域のコミュニティ再生や生きがいサービスの
提供が必要と感じました。

祐ホームクリニック

【移動映画館上映会】の準備①

2011年10月17日
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10/2(日)、女川町の「女川さんま収穫祭」の中で開催される「映画上映会」に行きました。

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『にじいろシネマ』というボランティア団体はご存知ですか?
埼玉県越谷市にある映画関係者のボランティア団体で、被災地のみなさまに映画の無料上映会を通して笑顔を届けています。
ご縁があって、10月末にYOUコミュニティーホール(祐ホームクリニック石巻敷地内)にて無料上映会を開催していただけることとなりました。

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10/7(金)『にじいろ』さんに作成していただいたチラシを持って、早速宣伝活動をスタート!

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即席で、大型ポスターを作りました。YOUコミュニティーホールは小学校の真向いですので少しでも興味を持ってもらえれば嬉しいです。

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また、近くの仮設住宅の掲示板にも、ポスターの掲示を快諾してもらいました。
一時的に居住する仮設住宅は、入居者の価値観も多種多様。
「みんなが住みやすい環境を維持することはとても難しい」と自治会長さんはおっしゃているなか、入居者の方々の交流の場になって、楽しい思い出を共有してもらうことで、少しでも優しい気持ちになってもらえればと思います。

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地元水明町公民館では、週末のお祭りの前夜祭が開催されていました。
町内会長さんやコミュニティーホールの地主さんのご了承も得て、映画上映のチラシを配布させてもらい、さらには町内に設置されている掲示板を使わせてもらうことになりました。
「この町が元気になることだったら、協力するよ!」と力強い言葉をいただきました。

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近くのコンビニでも告知。
朝も昼も夜もお客さんでいっぱいです。店長さんにご協力いただき、ポスターを貼らせていただきました。


みなさん、ほんとに自分たちのこの町を、もっと住みやすく、よい環境にしたい、と心から願っています。
私たちも、地域の一員として、その思いの実現にお役に立ちたいと思います。


祐ホームクリニック


にじいろシネマ




女川町の様子 津波の被害

2011年10月18日
女川町は、宮城県北部に位置し、震災前は人口10,014人の漁業の街でした。
街の面積は65.79平方Kmですが、代表的なリアス式海岸の街であり、大半は山間部の沿岸に
住居が並びます。今回の大震災では、死者・行方不明者が832名、町外避難者約4000名を数えます。
住宅被害は、4,568棟に対し、全壊・半壊・一部半壊が3,916棟であり、実に86%の
被害を受けました。

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女川町は、サンマの水揚げ日本一であったことを示すように、漁業・水産加工業が活発です。
しかし、水産加工施設などの非住家は、77%の被害を受け、町内全漁港12港中12港が壊滅し、
多くの漁業関係者、水産加工業者が職を失っています。

女川町には、リアス式海岸特有の大きな津波(18メートル)が押し寄せ、引き波と併せて、
街ごと流されてしまいました。

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津波が押し寄せる女川町(写真提供:女川町保健センター)
左上の建物の特徴的な屋根をご覧ください。
4階建てのビルの屋根が全て水にかぶってしまう程の津波が押し寄せました。

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現在のビルの様子です。
天井部分のパネルが一部剥がれ、窓には10月時点でもまだ車が突き刺さっています。

女川町の高台には、町立病院があります。
15メートルの高台の上にある病院の1階 天井から30cmまで津波は押し寄せ、
高台の上でも渦を巻いて多くの方が流されました。

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写真後方の高台の上にあるのが町立病院。ここの1階まで津波は到達しました。

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津波が来た15時35分で止まっている時計。

津波の威力は凄まじいと感じました。

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3階建てのビルが津波によって横転しました。

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街の大半の住宅は、間取りだけ残して流出しました。
鉄筋の建物は窓枠だけのこしています。

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地中深く基礎工事がしてあった建物も引き波で横転しました。

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青い線の下部をご覧ください。人がいます。
こんなに大きなタンクも津波により流出しています。

街全体に予想を超える壊滅的なダメージを負っている女川町。
専門性を活かして、私たちにできることを考えていきたいと思います。

祐ホームクリニック

女川町の様子 住民の生活状況

2011年10月19日
女川町では、どんな状況が発生しているかをご紹介していきます。
女川町保健センター、地域包括センターの保健師・看護師が中心となって、
仮設住宅に避難された住民の健康調査をそれこそ“命がけ”で実施されています。
女川町に残った約5000名のうち6割にあたる約3000名の健康情報を収集し、
フォローをしています。

女川町では、町立病院の被災に加え、3つあった診療所が全て全壊し、
医療資源も困窮を極めています。

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仮設団地は29団地1050戸ございますが、その大半は交通不便な場所に立地し、
車両被災した世帯では通勤・通学・通院なども大変困難となっており、孤立・孤独が
時間とともに問題となってきています。

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長さ1キロにわたって200戸の仮設住宅が並ぶ女川町最大の仮設団地。
仮設住宅の周りには、商業施設などはありません。

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平地の少ない女川町では山間部の隙間に10数戸の仮設住宅が建設されている
ケースもあります。車が無いと完全に孤立です。

女川町では、保健センターと地域包括支援センターの保健師が中心となり、住民の健康調査を行い
健康フォローや専門職に繋ぐことで、孤立や孤独の防止、こころのケアに取り組んでいます。

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保健師の佐藤由理さん(左)、三浦ひとみさん(右)は、保健師のリーダーで女川町の
住民の健康を守るためそれこそ命がけで健康調査を行っています。

5月、6月の頃、避難所から仮設住宅への転居が始まり、これで解決されると想定して
いましたが、予想に反して仮設住宅での孤独・孤立が深刻であるということが判明し、
仮設住宅の全戸健康調査を開始しだしました。仮設住宅に転居してから、家族構成の
変化や生活状況の変化、経済状況の変化があり、これらの情報が把握できていないので、
住民の健康を守るためのケアができないという課題に直面をしました。
住民情報の大半が流された女川町保健センターでは、「過去の記録が無い」ということで
非常に困りました。
また、多職種で連携してケアするため、「記録の大切さ」「情報の共有の大切さ」という
ことが身に染みたそうです。

例えば、ADLが低下し、仮設住宅ではユニットバスが深くてお風呂に入れない。
仮設住宅では壁が薄くて、手すりがつけられない。結果的に衛生面での課題や
身体ケア、心のケアの対象になっている・・・
こういった情報を巡回訪問によって調査して、記録して、多職種間で共有する
ということが必要となって参ります。

高齢者の中には、「自分が生き残って、若い人が亡くなってしまった」ということを
気にやんで引きこもってしまう方もいるそうです。
また、孤独から自分が何かあった場合に、誰が見つけてくれるのだろうかと不安に
感じている高齢者もみえます。「住民のことを思うと胸が詰まってしまう」と佐藤さん。

保健師達は、仮設住宅での住民の健康をケアし、住民の方の二次災害を少しでも減らしたい
という想いで日夜取り組んでみえます。本当に頭が下がります。

保健センターでは、仮設住宅の住民が対象ですので、私たちとしては、在宅避難世帯の
調査情報などを女川町に提供できるような取り組みも行い、保健センターと連携して
いきたいと考えております。

祐ホームクリニック

防寒対策

2011年10月19日
宮城県もめっきり肌寒くなってまいりました。
宮城県は、仮設住宅の防寒対策について「窓ガラスの二重化」「壁の断熱材の補強」
「暖房便座の設置」などの追加工事を12月20日前後目標で実施する見通しを発表しました。
11月24日から順次工事着工をするそうです。対象は、県発注で建設した仮設住宅
(15市町村、2万1520戸)です。また、国は補助金を出してストーブやホットカーペットを
設置するように県に伝えていますが、県は市町村に調査や購入手続きを任せるようです。

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ここで懸念なのが、いつも話題にでるのが“県発注の仮設住宅”だけが対象なことです。
もちろん仮設住宅も大変な環境ですが、「在宅避難世帯」「借り上げ仮設住宅」も
困窮しているので同じ被災者として支援が必要です。

在宅避難世帯では、今回のニュースについても、「自分たちはいつも対象外」という
孤立感を強めています。
行政自身が在宅避難世帯を把握していないため、行政からの通知も十分に回ってきません。
また、5月、6月の仮設住宅が不足していた時期に入居した借り上げ仮設
(民間の賃貸施設を仮設住宅不足より仮設住宅相当と市町村が認定)に入居した人は、
その後“県が設置した仮設住宅だけが対象”という条件が
指定されて自分たちがいつも対象外ということに困惑をしています。

今後、行政の支援が遅れている在宅避難世帯などを中心に、健康・生活調査を行い、
「どこで何が起きているか」「誰が何で困っているか」を把握して専門支援団体に
繋げていこうと思います。
本格的な冬を前に、迅速な対応が必要です。

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祐ホームクリニック

女川町の冠水状況

2011年10月20日
女川町では、地盤が1メートルくらい沈下しているので、満潮時の冠水が大きい状態となっています。
大潮の際には潮位が1メートル40cmくらい上がりますので、60cm前後は冠水します。

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建物の入り口は、完全に水の中となってしまいました。

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道路は嵩上げしてありますが、潮が満ち始めると同時に徐々に冠水範囲も広がってきます。

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海ではありません。満潮時になると冠水してしまう街の様子です。

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ここに街を再建するとなると防潮の工事と土を盛る計画が必要となります。

祐ホームクリニック

商業施設の再開

2011年10月20日
10月に入って、ようやくコンテナ村で商業施設も営業開始しました。

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魚市場も10月7日より再開です。

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冷凍されていない魚が販売されていて、びっくり!さすが、魚の街であり、
漁業の復活の兆しを感じました。
さんまの脂ののりは絶品です。
女川町では、加工屋さんと呼ばれる水産加工業に関わる女性の多くが失業しました。
水揚げのための船が入港するとサイレンが鳴るのですが、女川港にサイレンが鳴ると、
街の人は感涙です。
漁業の復活を多くの住民が待ち望んでいます。

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また、女川町の地元密着スーパー「おんまえや」様では、バスを改装し買い物に
来ることのできない方にも購入して頂くために、移動販売を行っています。
津波で店舗は全壊しましたが、幸いにも残ったバス3台で地元女川町を走り、
住民の生活を支えています。

女川町では、失業による若い世帯の流出も多く、何とか就業再開を果たさねばなりません。
また、鉄道再開のめども立たず(線路や駅舎ごと流出)、通勤・通学の足がありません。
小中学校はありますが、高校が無いため、中学生を抱えた家族では、町外への転居も検討をしていました。

復興の兆しが見え始めた女川町ですが、先日の台風(9月21日)では、また大きな被害が
出てしまいました。自衛隊に支援要請をした程です。
特に山間部の在宅避難世帯や仮設住宅では地盤が緩みがけ崩れや雨漏りがひどく発生し、
冬を前にした応急修理支援や住民の方の心のケアも急務となっています。

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石巻市とは違った被害の様相を見せる女川町。
街には、「がんばっぺ、女川」「強く生きる。女川」という幟をよく見かけます。
私が接してきた女川町の方々は、皆 前を向いています。明るい、強い人が多いように感じました。
「前がもっとひどかったから、感覚がマヒしてきているのかねえ」と前を向いています。

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私達ができることは何だろうか。
石巻だけでなく、女川町の復興に向けても健康調査面、情報共有面など
積極的に支援をしていけるように取り組みたいと考えております。
女川町の人に出会って、とにかく何か協力したいと強く感じました。

祐ホームクリニック

診療報告を再開します

2011年10月21日
診療所立ち上げの慌ただしさの中、これまで診療の様子についてのご報告が遅れておりました。
誠に申し訳ありません。

開業後約2月が経とうとしていますが、改めてここから、みなさんに私たちの診療活動について
お伝えしていきたいと思います。
どうぞ、よろしくお願いいたします。


私たちの患者さんは、95%が70歳以上の高齢の方で、皆さん何らかの身体的問題をお持ちです。
患者さんの層は2極化しています。
一つの層が、震災という大きな衝撃により、また長い避難生活により身体・認知機能が低下した
いわゆる虚弱高齢者の方、もう一つが、市で唯一の急性期医療を担う石巻赤十字病院を退院して
来られる方で主に癌のターミナルの方が、最期をご自宅にお戻りになって過ごされる際に、医療
的サポートをしています。


訪問エリアの多くが、被災した地域。
つまり、被災により交通手段を失った方や、被災によりかかっていた医療機関が廃業するなど、
これまであった受療環境が、喪失してしまった方々です。
また、訪問先の多くが、仮設住宅です。
これまで暮らしていた地域から離れることで、これまでかかっていた診療所から離れてしまい、
通院が難しくなってしまった方々です。

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これらの方々は、いずれも被災されていることから、やはり心身機能は大変落ちています。
これまで車の運転ができた方ができなくなったり、歩けていた方がベッドから起き上がることも
難儀になったりという運動機能系の状態低下、あるいは十分な食事が取れずに栄養状態が悪い方、
震災後、医療機関にかかっていないためこれまで飲んでいたお薬をまったく飲めていない方など、
震災は、目に見えない形でも、人の身体を蝕んでいます。
それは、心の問題も同様です。

私たちは、そのような方お一人お一人のところに丁寧にお伺いし、お身体の様子を拝見するだけでなく、
私たちが訪問することで、人の暖かさや守られている安心感もお伝えしたいと思います。


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幸い、私たちは定期的にお伺いするため、患者さんの変化にも気がつくことができます。
「今日は元気そうだ」「いつもと違って様子がおかしい」と、数値だけではなく5感を使って、
その方の状態を把握するよう務めています。

看護師の中野さんです。

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もちろん、そういった情報はお宅ですべて記録し、院内に継続した情報としてデータベース化しています。
そのことにより、複数の医師やその他あらゆるスタッフも同様に、患者さんの状態把握ができます。

訪問アシスタントの伊藤さんです。
移動時の運転のほか、患者さん宅での記録や院内に戻った後のクラウドシステムへの入力などを担当します。
そして実は、地元高齢者の言葉の壁を超えるための「通訳」としても、大活躍くださっています。

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また、在宅医療では、患者さんのお宅が診察室であり病室です。
あらゆる必要な薬剤や医療物品のほか、想定される書類類も全て持ち歩いています。
開業当初は、現場で「あれがない」「これがない」と、慌てることもありましたが、
今ではきちんと洗い出され、整理された様式で持ち歩いています。

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このように、私たちは、毎日毎日365日、患者さんのお宅を訪問しています。

祐ホームクリニック

鉄道事情

2011年10月21日
仙台-石巻間を1時間で結んでいた仙石線は再開の見通しがつかず未だに不通です。
線路は津波をかぶり、錆びて、草も多く生えています。

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今は多くの人は仙台-石巻間を高速バスで移動しますが、時には満席で乗車できないこともあります。

現在は、仙台あおば通から高城町までは営業していますが、石巻に行くには松島海岸駅からの
振替輸送バスに乗り換えて、矢本駅からディーゼル列車に乗り換えて行きます。
乗り継ぎは考慮されていますが、移動や乗り換えが多く不便な状況です。

矢本-石巻間のディーゼル列車の運行が陸前小野駅-石巻間に延長されるニュースも
ありますが、全線復旧にはまだまだ時間を要するようです。

鉄道敷設が遅れている背景としては、「町の復興方針が定まらず、被災地に駅を設置しても
人が住むかどうか決まっていない」「多額な費用がかかりJR単独での復旧は難しく、
国の支援が必要」等の理由があるそうです。
9/30に東名駅、野蒜駅をそれぞれ500m内陸部へ移設する方針が沿線自治体と
JRの間で合意されました。しかし、今後も迂回ルートの確定ののちに用地買収や
土地造成に数年かかるほか、鉄道施設の敷設にも3年はかかる見通しと言われています。

石巻から仙台まで電車通勤・通学をしていた若い世代は多くいました。
震災後、電車通勤ができず、仙台に引っ越しした人や親せきの家から通う若い世代も増えたそうです。
鉄道の開通も人口流出要因の一つとなっています。
若い世代の流出は、一層高齢者率が高まり、税収減に繋がっていきます。

女川町の様子 行政関係

2011年10月21日
街の大半が被災した女川町では、行政の職員にも大変な負担がかかっています。
町民のために、対策を考え尽くし、本当に頭が下がる思いです。
女川町役場は、7月19日より、プレハブの仮設庁舎で業務をされています。

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女川町役場 仮設庁舎

震災前は、以下のような立派な庁舎でした。
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震災前の役場(写真提供:女川町保健センター)

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被災後の町役場の建物(10月)

住民を支えるための役場の情報は大半が流されてしまいました。
現在の住民の情報を正確に捕捉し、適切な行政サービスを行うことが住民支援に繋がります。
女川町職員だからこそできることもあり、住民の命と生活を守るための施策を皆が期待しています。
がんばっぺ、女川町。

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住民の記録の大切さが改めて見直されています。

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風にたなびく女川町の町旗

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銅像も台座ごと流されていました。

祐ホームクリニック

【移動映画館上映会】の準備②

2011年10月21日
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10/21(金)午後3:00、診療所の目の前に立地する開北小学校前にて、今週末に迫った「移動映画上映会」のチラシ配りを行いました。
もちろん、校長先生にはご了承いただいています。

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子供たちが「わぁ、ワンピースだって」「ドラえもんもあるよ」「ポップコーンくれるの?」とチラシを見ながら
喜んでくれると、私たちも本当にうれしいです。
移動映画のボランティア団体『にじいろシネマ』さんの活動の尊さを実感しました。

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天気予報では降水確率が高いとのこと、急遽ホール前にテントを貼り、いよいよ明日、本番です。


祐ホームクリニック


にじいろシネマ








【移動映画館】を開催しました!

2011年10月22日
祐ホームクリニックに隣接する集会所「Youコミュニティホール」は、在宅医療チームが共に学ぶ場として、また住民主体での地域の絆再生のために、建設したホールです。

今回は、ボランティア団体「にじいろシネマ」さんのご協力で、映画上映会を行いました。
「ドラえもん」に「ワンピース」、きっと子供たちに喜んでもらえるだろうと、準備段階からワクワクでした。


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10/22(土)AM8:00、YOUコミュニティーホールに「にじいろシネマ」他関係者が集まりました。
天気は、予想通りの「☂」、静かな朝でした。

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写真中央のプロジェクターのあるシェルフも「にじいろシネマ」のオリジナルです。
作業も役割分担からスクリーン等組立まで実にスムーズです。椅子の配置、スピーカーも何気なく
置かれえていますが、全て最高の音質をクリエイトするためのシステムです。

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スクリーンのフレームもオリジナル。迫力満点のスクリーンのサイズ、そして音量!
来てくれてひとりひとりのお客さんに最高の思い出をプレゼントできる用意は整いました。

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今回は、「にじいろさん」の活動を支援するために、
キリンビバレッジさんのご協力で「TEA PARTY」も同時開催という企画です。

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AM8:45
「果たして子供たちは来てくれるだろうか」
私たちの心配を裏切り、待ちきれない子供たちが、ポップコーンの甘〜いにおいに
誘われて会場に続々と集まってきます。

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映画のスタートはAM9:30です。
みんな、ちょっと待っててね。

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こどもたちの表情がだんだん真剣になってきました。

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みんな思い思いの格好で鑑賞中!!!

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友達同士で来てくれました。

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ポップコーンは塩味とキャラメル味の2種類用意しました。
もちろん手作りです。

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どの子も美味しそうに食べてくれました。

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キリンビバレッジ「TEA PARTY」中です。

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いよいよ、『ワンピース』の上映スタート。
「にじいろシネマ」主宰者の並木さんからちょっとだけ挨拶をいただきました。
並木さん、石巻の子供たちを笑顔にしてくれて、ありがとうございます!

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こどもたちはみんな、映画の世界に引きこまれ、真剣な眼差しで見てくれています。

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この笑顔を見れると、私たちの希望も膨らみます。
「本当に、やってよかった」

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明日もまたきてね。

祐ホームクリニック


にじいろシネマ





【移動映画館】最終日!

2011年10月23日
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移動映画館2日目。気持ちの良い朝です。
今日は、みんな大好き「ドラえもん」の日です。

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親子で参加していただいてる姿を今日はよく見かけます。

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おばあちゃんもホッとしてもらってますかね。

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映画とおなじでほのぼのしています。
心地よい雰囲気です。

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市原 隼人くん主演の映画です。
この映画が今回のイベントの最後となります。

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少しお兄ちゃんたちが増えてきましたね。

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「にじいろ」メンバーの方も2日間通じて打ち解けていただきました。

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こどもたちのこともあたたかく見守ってもらいまいた。

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キリンビバレッジの新入社員のみなさんもとても明るく盛り上げてもらいました。

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ステキな笑顔をありがとうございました。

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またかならず会おうね!!

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「迫力のある映画でとても面白かった!」ポップコーンのキャラメル味が最高!」「うちの近くの集会所でも開催して欲しい!」などなど、思い思いのコメントを、子供たちはうれしそうに残してくれました。

でも、とてもうれしかったのは「今度はいつ来るの?」
にじいろシネマさん、そして私たちは、「きっとまた開催しよう。辛いことも多い中、みんな笑顔になってくれるなら、きっとまたやろう」と強く思いました。

「にじいろシネマ」のみなさん、石巻のみんなを代表して、もう一度言わせてください。
みんなを笑顔にしてくれて、本当にありがとうございました。



祐ホームクリニック


にじいろシネマ







退院カンファレンスを行なっています

2011年10月26日
退院カンファレンスは、退院する患者さんを受け入れるために、医療者同士が確かに情報共有する場であると同時に、
今後も連携して患者さんと患者さんのご家族をサポートしていくことをお互いに確認する場でもあります。
患者さんはもちろんのこと、そのご家族のサポートもとても大事にしています。


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今日は退院カンファレンスのために、「石巻赤十字病院」にきました。

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出席者は、担当医師の他に看護師さん、連携室の看護師さん、ケアマネージャー、訪問看護師さん
そして祐ホームクリニックからは担当医師と看護師が参加しました。

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一通りの情報を確認したところで、質疑応答とディスカッションが始まります。

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メモを取る姿も真剣です。

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「患者さんの最善のサポートをするために」という共通の想いが会議の雰囲気に一体感をもたらします。
医療、介護、そしてご家族までもが、患者さんを中心に、患者さんの生活を支えるチームになった瞬間です。

健康・生活アセスメント準備

2011年10月26日
石巻医療圏の健康・生活アセスメント(影響予測調査)の準備を進めています。
事務局は、一般社団法人 高齢先進国モデル構想会議が担い、地元NPOと連携して進めています。
先行調査の結果より、看護師、介護福祉士、健康調査NPOと相談しながら、運用ルールを決め、
ヒアリング練習などをしております。

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NPOと調査内容のディスカッションをしている様子

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行政が支援している制度の中には、在宅避難世帯の方が十分ご存知ない情報もございます。
今回の世帯調査では、そういった行政サービスの情報などもお伝えして、行政サービスに
つなげていこうとしております。

例えば、「東日本大震災後期高齢者医療一部負担金等免除申請書」という制度があります。
これは、後期高齢者(75歳以上)だけではなく、住家が全半壊されたり災証明書を
持つ方でしたら医療費が2012年2月29日までは免除されます。
行政側の手続きも早く、書類を持参すれば即日発行です。

り災証明書が無くとも、主たる生計維持者が失職し、現在収入が無い場合でも審査によって、
医療費用が免除される申請が可能です。
こういう制度をご存知で無い場合は、預貯金の残高を不安視して、医療機関にかかることを
無理に我慢してしまい悪化させているケースもございます。
こういう情報も避難住民の方にはお伝えしていこうとしております。

他にも、「被災者生活再建支援制度」がございます。
これは、基礎支援金として、全壊・半壊した世帯に支援金が支給されます。ここまでは多くの世帯がご存知です。
しかし、追加の制度として、加算支援金というのもできました。
住宅の再建・購入や補修をするとケースに応じて50万円~200万円の支援金が支給されます。
手続きに必要な書類は、工事の見積もり書や領収書などで申請できます。
これは支給までに3ケ月かかりますが、家の補修を考えて資金不足で困っている世帯には朗報です。

更に、「災害援護資金貸付」制度もあり、石巻市内に住所を有していた世帯には、世帯の人数と総所得に応じて
150万円~350万円の貸付が行われます。利率は、保証人があれば無利子です。
保証人なしの場合は年1.5%です。利子は7年目よりかかります。
償還期間は13年間ですので、13年かけて返済をすることになります。

私たちは、新しい公共という考え方にも取り組んでいます。
行政の眼の行き届かない部分には、NPOなどと連携しながら、民が民を支える仕組み作りにも挑戦しています。

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健康・生活アセスメントの調査隊向けに調査研修を実施している様子。

祐ホームクリニック

タイ大洪水への支援の輪

2011年10月27日
タイで大洪水が発生し、多くの居住地や農地が被災されています。
日本では、企業の被害に対する情報が多いのですが、住民の方のその後の生活が心配です。
これだけの規模の水害は、津波の被害を体験した石巻から見ると他人ごととは思えません。
水が引いた後の泥かき、ガレキ除去、衛生対策、生活物資の再購入等・・・
石巻での復旧の道程と重なってきます。

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田畑や住宅が冠水している様子

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腰までつかる水の中、荷物を運び出している様子

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多くの車両や住民の財産も被災されています。

タイ王国は、日本の東日本大震災に応援メッセージや支援金を16億円ご支援いただきました。
復興に取り組んでいる被災地は、勇気づけられました。
今回、石巻市、女川町、東松島市の住民やNPOに声をかけたところ、「今度は私たちが支援する番」
という声もあがり、応援メッセージや支援品を送付することとなりました。
支援品は、石巻で水害後に有効だった品々です。
水害対策のドロかき用の軍手、作業服、マスク、衛生グッズなどです。
また、ペットボトルの水も集まりました。
日本の支援者からいただいた支援品のうち、役目を果たし、今のこのタイミングではタイでこそ
必要となるという物資を厳選して皆の気持ちが集まりまりました。

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震災ガレキ、清掃、泥かき等の活動経験も豊富なチーム王冠の伊藤代表からは、
軍手、作業服を提供いただきました。

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祐ホームクリニック石巻からも下着、衣装ケース、ファイル、衛生セットなどを提供しました。

今日1日で、水900L(2リットル450本)、軍手1140セット、マスク9000枚、
作業服29着、ファイル200枚、下着50セット、衣装ケース50セット、衛生セット100個が
集まりました。
同じ水害に立ち向かっている者の心意気をいただきました。

石巻市民、東松島市民、学生さんからも応援メッセージをいただきました。
寄せ書きに応援メッセージを書いていただき、ビデオレターでは、激励の言葉をいただきました。

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・負けず、折れずに共に頑張って乗り越えましょう!

・水害に負けず、お互い助け合って立ち上がっていきましょう。応援しています。

・日本へのご支援ありがとうございました!
 お互い大変な時期だと思いますが、前を向いて頑張っていきましょう!

・完全復活目指しましょう。大事なのは負けないこと。

・今、日本も復興に向けて頑張っています。
 タイのみなさんも気を張らず、頑張ってください!!

・日本の支援ありがとうございます。今度は我々に支援させてください。

・お互いに手をとりあって、輝かしい未来をつくりましょう。

・遠くにいても気持ちはすぐそばにあります。共に乗り越えましょう。

・ひとりひとりの笑顔のためにお互い頑張りましょう。貴国のことは決して忘れません。

・もう一度美しい国を取り戻そう。Build Again!

被災したからこそわかる想いをメッセージに込めて届けたいと思います。

明日は、女川町住民や石巻市の港地区、大街道地区住民のメッセージをお届けします。
ご支援の輪は、タイ王国大使館経由で被災地にお届けしようと思います。

祐ホームクリニック

タイ大洪水への支援の輪2

2011年10月28日
石巻に続き、今日は女川町民の方に応援メッセージをいただきました。
女川町の保健センターでは、タイの洪水の様子に対し、
「この水の下はどうなっているかわかるだけに応援したい」
「このあと、衛生面でも大変だ」
「泥かきがつらくても、まげねーで。おだづなよ洪水」
とエールをいただきました。

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女川の方言で寄せ書きを書いてくださった女川町保健センターの皆さん。

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多くの女川町民の方からメッセージをいただきました。
津波を経験しただけに「がんばりずぎずに、負けないで」
と思いやりの言葉をいただきました。

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・2011年大変な年になりました。日本への支援ありがとうございました。
 みーんなとつながって力をたくさんいただきました。
 “負げねーど”  がんばらないで、でも負げねべし。

・今年は世界的に災害の多い年になり、今度はタイでの大洪水のニュースを
 目にし国民皆様に心よりお見舞い申し上げます。明けない明日はありません。
 日本がそうであったように、タイ王国も少しづつですが復興の道が開けるはずです。
 諦めず前を向いて行きましょう!遠い日本の地から応援と無事をお祈りしています。
 “おだづな洪水"

・おだづなヨ洪水!!
 なめんなヨ洪水!! 津波の我々も頑張っているぞー!!

・タイ王国の国民の皆様、水害大変な生活であり、心痛みます。
 日本も、国民力を合わせて日々前進しています。
 お互いあきらめず、顔を上げて前へ進みましょう!!

・日本への支援ありがとうございます。
 復興できることを信じ、負けずに少しずつできることから頑張りましょう。
 必ず自分たちの町を復興させましょう!

・タイ王国の皆様、日本への支援ありがとうございます。
 "水害"には泣かされます。でもきっと復興できる日が来ます。笑顔で前へ進みましょう!

・タイの皆様
 乗り越えられない悲しみも有るかも知れません。それでも諦めず1歩1歩進んで行きましょう。
 僕達はタイの方や、世界の人に支えられたことを忘れず、恩返しします。
 お互いに手を取り合って、笑える日が来る事を願います。心はいつも一緒です。絆。

帰り道、女川町の復興の様子を見てきました。

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移動販売のおんまえやさんです。
お昼時には、多くのお客様が買い物をされています。

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移動販売おんまえやのお兄さん。

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魚市場(マリンパル女川)では、今日も旬な魚介類が売られ、多くの車が止まっていました。
新鮮なウニは、とろける触感で絶品です。

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先日のブログで「毛ガニ200円」で驚いたのですが、今日の毛ガニは150円で、またまたびっくりです。

ブログで反響のあった4匹650円の「のどくろ」は、今日は6匹750円でした。
新鮮な魚の街の女川町に是非、寄ってください。

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石巻市 大街道地区の住民、湊地区の住民、水明町の桜内さんからも応援メッセージをいただきました。

タイ王国に石巻市、女川町の皆さんから託された支援の輪を届けたいと思います。
2日間で以下の物資が寄せられました。
 ・応援寄せ書き
 ・応援ビデオレター
 ・シリアル 420袋
 ・ベビーフード 378個
 ・消毒ジェル 444本
 ・のどスプレー 80個
 ・マスク 10920枚(子供用、大人用、女性用)
 ・軍手1140セット
 ・作業服29着
 ・下着
 ・衣装ケース  等

タイの大使館に連絡をしてお届けしようと思います。

祐ホームクリニック

住民集会の様子

2011年10月29日
チーム王冠さんが石巻市 大街道地区、湊地区の住民との集会を
祐コミュニティホール(集会所)で開催しました。
祐ホームクリニック石巻では、地域住民のコミュニティ活性化にも協力しています。
主に在宅避難世帯の住民の方の課題が寄せられました。

「応急修理支援で困っている。行政から町の復興方針が出ていないので、
 家の応急修理支援を躊躇しているうちに冬を迎えてしまう。
 寒さ対策で、応急修理に踏み切ろうとしているが、業者不足で困っている」
「家を解体するので建物が地区から減ってきた。灯りが無くて不安。夜が怖くて不安。」
「夜が静かすぎて不安。怖い。毎日が不安」
「300世帯あった地区が100世帯に減った。街の街灯の電気代も防犯灯は市負担だが、
 街灯は地区で負担なので、負担が増える。11月から街灯の負担が始まる」

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コーディネーターの大西さん

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住民集会の様子

応急修理の様子です。
地元業者も過労者がでる程頑張っていますが、それでも職人が足りないそうです。
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在宅避難世帯の応急修理支援需要は高く、職人不足の石巻では、全国から職人さんの応援をお待ちしています。

祐ホームクリニック



毎朝カンファレンスをおこなっています

2011年10月31日
在宅医療は、診療行為を行う場所(患者さん宅)と、バックオフィスが離れていることもあり、
一つの作業に複数の人がかかわります。
処方や記録、持参する物品やスケジュール管理などの一連の業務がスムーズに流れるためには、
診療スタッフと院内スタッフの息がぴったり合うことが重要です。

そのため今日も、スタッフ全員で、一つの業務手順の確認です。

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本日のテーマは「処方」です。
武藤院長をファシリテーターに、議論が進められます。

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今日は、医薬品センター薬局の丹野薬剤師、鈴木薬剤師も参加、
患者さんへ薬をお届けする一連の流れについて関わる全員が全体像を理解した上で、
自分の持ち場を守ります。

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「外科医にとってのメスは、内科医にとっての処方」
「万分の1のミスでも、患者さんにとっては、1/1」
武藤院長の弁です。

医療は、正確であって当然です。
関わるスタッフ全員がその意識をもって、今日も患者さんとご家族に向き合います。

在宅医療 祐ホームクリニック

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Author:祐ホームクリニック石巻

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